父の誕生日を祝いました^^この年になったからこそ出来る親孝行ですね♪

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数日前に父の誕生日を祝いました@0822kiseki のんべえです^^

10代、20代の僕なら考えられないことです(笑)

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学生時代、父が大嫌いだった僕

僕は自分で言うのもなんですが「ひねくれた」子供でした。

誰かに何かを指摘されるのなんて大嫌いで、世の中は自分中心で回っていると勘違いしていた頃もありました。

生活をしていく上で大事な「あいさつ」すらまともに出来ない息子…中学に上がってからは「おはよう」の言葉すら交わした記憶がありません。

家の中でも顔を合わせたくないから、時間をずらしての帰宅、朝ごはん、晩ご飯もほとんど一緒に食べた記憶がないです。

とにかく顔和合わすのも嫌なくらい父がうっとうしかったし、嫌いでした。

帰りはいつも遅くなって帰ってくる父。

もっと遅くまで働けばいいのに…
出張にでも行けばいいのに…

こんなことも考えていました。

顔を合わす機会は警察署か学校

親の顔を見ないように生活を続け、中学を卒業後には入った高校を中退して、何かえらくなった気分になっていました。

家を飛び出し友人達との同居生活。

中学時代、高校時代は親と顔を合わすのは保護者の呼び出しがあった時。

高校中退後は警察署がほとんどでした。

俺は1人でも生きていける!

なんて考えは更にエスカレートし、仕事も辞めてパチンコ生活を続けました。

記憶は曖昧ですが「父」とは5年以上も顔を合わせていなかったと思います。

「親」なんていうのは俺には必要ないぜー!!!

なんてずっと考えていました。

人間はどうしようもない状況になって始めて気付く

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ついに、自分の力だけではどうしようもない出来事が発生しました。

当時、付き合っていた友人、昔からの知り合いや会社内の知人にも助けを求めましたが

こんな時代で自分の保証も出来ないのに、人を助ける余裕がある人間なんて僕の周りにはいませんでした。

やっぱり最後は誰も助けてなんかくれないよ!
人間は1人で生きていかなければいけない!

そう思い、昼夜を問わずに働き続けました。

ずっと僕は考えていました。

「助けて欲しいときは仲間がいる!」

薄っぺらい友情だけを築いてきた僕に本気で助けてくれる仲間なんていません。

人間関係というのは簡単に壊れるものです。

自分の力では解決できない状況になって、自分の周りには誰もい無い事に気付きました。

最後に助けてくれるのは「家族」

やっぱり最後に助けてくれるのは「家族」以外にはありません。

そして頼る先も「家族」しかないんです。

いくら中の良い知人でも助けられるのには限度があります。

金の切れ目が縁の切れ目と言う言葉がある通り、些細なことでも人間関係と言うのは壊れてしまいます。

後先の利益を考えずに、親身になって力になってくれるのは最後は「家族」。

20代になってやっと気付いたのんべえです…。

最後に

実家の父、母と現在は仲良くやっていますが、自分でも驚くほど嫌な気持ちはありません。

むしろあんなに毛嫌いしていた父と酒を交わせるようにもなりました。

若気の至りというもので、社会に出て苦労しないと親の気持ちなんて分かりっこないんです(笑)

今年も父の誕生日を祝えた事を嬉しく思います^^

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父の誕生日を祝いました^^この年になったからこそ出来る親孝行ですね♪
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コメント

  1. カナヤマ より:

    若気の至りはありますね。
    それは多くの人が通る道だと
    思います。
    自分が経験しているからこそ、
    親になったときに気持ちがわかるので
    したほうがいい経験化もしれないですね。

    • のんべえ より:

      >カナヤマさん
      若気の至りは誰でも通る道なんですかね-^^:
      今になって親の気持ちが分かりますね…